強制執行に必要な3点セットを揃えて、強制執行の申立てを行う場合、相手の持っている財産について差押え等の手続きを行っていくこととなります。そのため、この差し押さえるべき財産を探すことが、養育費をきっちりと回収できるかどうかを決める大きな事情となります。一般的には差押えについては相手の金銭債権について行うことがセオリーといえます。というのも、金銭の場合は自分の口座に移すだけで完了しますが、差押えたものが相手の土地や家の場合は、競売にかけてその結果売れた金額について必要な養育費分回収するという方法になり、時間と手間がかかり迂遠となります。そのため、相手が金銭債権と不動産等を有している場合は、回収が簡単な金銭債権から先に攻めるようにしましょう。
ここでは、強制執行の申立てをする以前に、どのような財産から養育費を回収すべきかという、財産探しについてもう少し踏み込んで解説します。
金銭債権
まず、一般的に考えられる金銭債権は、銀行預金になります。銀行預金は口座の中にある金銭なわけですから、差し押さえることができれば、スムーズに養育費を満足に回収することができます。
もっとも、銀行預金の場合、差し押さえるにあたって特定しなければならない情報が多く、確実にこの口座にあるという確信がない場合は差し押さえるのは容易ではありません。というのも、預金債権を差し押さえるにあたっては、どの銀行のどの支店にいかなる名義で口座を開設しているかの特定をする必要があるからです。相手が利用している銀行がどこかというのは、過去の婚姻生活その他の事情で、なんとなく把握しているという方も多いと思います。もっとも、支店名となった途端に、全く検討がつかないということになる方が相当数います。これは、日常的に夫婦間で口座間送金を行っているような場合をのぞき、支店名まで把握するといった機会がないためといえます。
また、支店の特定についてはあてずっぽうであてることも困難です。というのも、実家、現住所、会社の近く等少なくとも3地域での口座開設が考えられるところ、この場合に口座があると考えられる支店はかなり多くにのぼり、中々絞り込みが難しいためです。
そのため、銀行預金は確かにあるし、それくらいしか養育費を回収するための引当てになりうるものが無いといった状況の場合は、弁護士会照会等の制度を利用して、相手の口座を探すことも検討すべきといえます。
次に候補にあがるものに、給与債権が考えられます。給与債権は毎月毎月相手方の会社から相手方へ振り込まれるものですから、定期的に養育費を回収する場合においては最適の債権となります。
もっとも、給与債権は相手方にとっても生活の要をなす重要なものですから、給与債権を全額差し押さえるということはできません。具体的には給与額から税金と社会保険料を差し引いた額の2分の1、あるいは差し引いた額は2分の1が33万円を超える場合はその33万円について、差押えが禁じられており、その余の給与債権について差押えができることになります。(民事執行法152条)
例えば、たとえば、給与が27万円、税金が3万円の場合(27-3)÷2=12で、12万円について差し押さえることができます。他方、給与が90万円、税金が10万円の場合(90-10)-33=47万円について差し押さえることができます。
また、特に給与について差し押さえるにあたっては、一度に将来分の養育費の強制執行も可能です。(民事執行法152条の2の2項)
つまり、本来であれば養育費を毎月数万円支払うように定めていた場合、来月分の養育費については来月にならなければ請求できないこととなり、これまで支払うべきだった養育費の滞納分についてのみ強制執行ができるのが原則でした。もっとも、養育費というものは他の債権に比べて、子どもの生活に直結する極めて重要なものであることから、できるだけ満足いく形で回収できるよう、例外として、養育費等の強制執行については一度に将来分についてもまとめて回収できるようになっています。そのため、例えば毎月2万円の養育費を20年、合計480万円の養育費が定められており、そのうちの30万円が未納で、残り15年(360万円分)養育費の支払いが残っているような場合、未納の30万円だけでなく、将来分の360万円についても強制執行ができるようになります。
もっとも、給与を差し押さえるには限度額がありますので、一度で差押えられなかった分については、来月以降の給与から差し押さえることになります。しかし、毎月の給与を差し押さえるたびに、強制執行の手続きが必要になるわけではなく、一度将来分の養育費について強制執行の申立てをしていれば、後は自動で毎月養育費が回収されることとなります。
このように、給与については安定して毎月養育費を回収できることから、相手の勤務先等の情報を取得している場合は真っ先に考えるべき引当て先といえます。そのため、相手が仕事をしているという事実状態については慎重に対応をするようにしましょう。例えば、養育費を相手が支払わないことを相手の勤め先に言いふらしてまわるような行動をとってしまうと、会社から相手がクビになってしまい、結果的に自分が養育費回収の引当てと考えていた相手の給与そのものが無くなってしまうということにもなりかねません。ですので、自分と相手の間で発生している養育費のトラブルを対外的に波及させる場合、それが相手の会社にまで及ぶような場合、本当にそれが養育費回収に繋がるのか、慎重に考慮したうえで実行しましょう。
金銭債権以外
金銭以外で、養育費回収の引当てとなるものには、土地や建物といった不動産、高価な貴金属等が考えられます。
まず、土地や建物といった不動産については裁判所に競売にかけてもらったうえで、その不動産が売れた金額から、養育費を差し引いて回収するのがセオリーとなります。この場合、裁判所に競売の申立てが認められると、執行人や評価人と呼ばれる役人が、その不動産を評価し、それに基づいて競売を実施し、落札された金額から配当を受けるというのが大まかな流れとなります。
このような不動産執行については、土地や建物の評価や競売期間の設定等に長い時間を要しますので、実際に手続きを開始してから配当をもらえるまで半年以上必要になります。
また、不動産競売の申立てをする場合、予納金というものを納付する必要があり、その金額は不動産の程度によりますが数十万円に及ぶこととなります。そのため、高額な予納金を支払う余裕がない場合は利用しにくい制度といえます。とはいえ、不動産は換金した場合相当の金額になることが通常ですので、請求する養育費の額が将来分も合わせており高額となっているような場合でも確実に回収することが見込めます。そのため、養育費回収に至るまでに手間や費用がかかるものの、一気に求めている額の殆どを回収できる点ではメリットがあります。
高価な貴金属などの動産についても、不動産と同じように、競り売りにかけて売れた金額から養育費を回収するのかセオリーです。この場合、どの場所にどのような相手の動産があるかを裁判所に説明したうえで申立てをし、競り売りの申立てが認められると、執行官がその動産を占有し、競り売りを行って、落札された金額から配当を受けるという流れになります。
この場合、不動産に比べれば期間は短く、手続きを開始してから配当をもらえるまで一ヶ月程度を要することとなります。
また、動産執行の場合も予納金を数万円納付する必要があります。さらに、動産執行は仮に執行したとしても、差し押えられる動産に買い手がつかないことも決して少なくなく、不動産執行に比べて失敗する可能性が高く、その場合、動産を回収するために現地に赴いた執行官の交通費等を自己負担しなければならないため、相手が確実に高価な動産を持っているような場合でない限り、利用しにくい制度といえます。
このように、金銭以外の財産に対して強制執行をかける場合は、換金の手間と費用がかかる分、一般的な養育費回収手段とはいえません。そのため、銀行預金や給与債権をはじめとした金銭債権で養育費を回収できないような場合にはじめて検討をすべきものといえます。
財産開示手続
また、相手が財産隠しをうまく行った結果、強制執行の引当てとなるような財産を見つけられず、このままでは強制執行したとしても満足に養育費を回収できないような場合は、財産開示手続(民事執行法197条)を申し立てることができます。
この制度は、裁判所に相手を呼び出してもらい、どこにどれだけ財産があるのかを陳述してもらう制度です。財産を保有している本人であれば、当然どこにどれだけの財産があるかは把握しているはずですから、そのことについて聞き出すことによって、強制執行の足がかりとする目的の規定です。そして、この場合、裁判所に呼び出された相手は偽りなく陳述するよう宣誓が求められ、これに反して嘘の陳述をした場合、過料の制裁を受けます。(民事執行法199条)また、裁判所に来て陳述するよう求められたにも関わらず、正当な理由なく出頭しない場合にも、同じく過料の制裁があります。(民事執行法200条)
このように財産開示手続は、出頭すれば自分の財産の在処を話す必要があり、出頭しなければ過料の制裁を受けるという点で、かなり強力な効力をもたらす規定であるため、この制度を利用できる者は執行力のある確定判決または和解調書に限定されます。そのため、養育費請求の場面で一般的な公正証書では、財産開示手続はできないという点に配慮が必要です。
よって、利用できる方は限定されますが、もし、利用できる条件が整っている場合で、相手の財産探しは難航している場合は、積極的に財産開示手続を利用すべきといえます。
申立書・陳述催告
引当てとなるべき財産が見つかった場合、不動産ならその登記を、動産なら存在証明を提出する必要がありますが、銀行預金や給与といった金銭債権を引当てにする場合は差押申立書というものを作成した上で、裁判所に提出する必要があります。この差押申立書には、複数の提出書類がセットとなっており、内容として①当事者目録、②請求債権目録、③差押債権目録、④陳述催告申立書が含まれています。そのため、これらを記入した上で裁判所に提出する必要があります。
このように、金銭債権の差押えには複数の書類を作成しなければならないため、手間がかかると思われがちですが、書類のうち①〜③は、差し押える人と差し押えられる人(①の内容)養育費についての債務名義があること(②の内容)何を差押えるのか(③の内容)についての内容であり、それまでの強制執行準備のための資料収集の結果をそのまま転用ができるため、書類作成にかかる手間というのはそれほどかかりません。
差押申立にあたって、このように複数の書類を用意しなければならない理由は、金銭債権というものに不動産等とは異なる特性があるためです。例えば、相手の給与債権を差押える場合、この給与債権というものは、相手が勤めている会社から、相手に対して支払われるお金のことになります。そして、これを差し押えるという手続きは、会社から相手に給与が支払われた後、その支払われたお金をこちらに渡すよう要求するものではなく、そもそもとして、会社に対して、本来相手に支払うべき給与を、相手ではなく自分に支払うよう求めるという内容になります。そのため、もし誤った差押えがされてしまうと、会社としては給与を支払うべき相手に支払わなかったこととなり、相手に正しく給与を支払うよう求められてしまう結果、差押えた人と相手の二人に対して、給与の二重払いをしなければならないという不都合が生じてしまいます。
しかし、本来会社は強制執行とは何ら関係のない第三者ですから、このような不都合を与えてしまうのは酷です。そのため、本当にこの金銭債権を差し押えていいのかをチェックするために、差押申立書の提出が要求されるのです。
そのため、④の陳述催告書というものも、差押えによって不都合が生じかねない第三者に対する配慮を求める書類となります。この陳述催告書というのは、差押えられる金銭債権を支払う立場にある第三者、例えば給与債権を差し押える場合であれば、給与債権を支払う立場にある会社等に対して、差し押えることのできる給与債権が本当に存在しているかを確認するものです。これによって、会社に本当に相手が勤めており、また会社が支払うべき給与が確かに存在してあるかどうかの確認ができます。
そして、陳述催告を受けた第三者が催告を無視した場合、過料の制裁を受け、もし陳述催告に嘘の報告をした場合、損害賠償義務を負います(民事執行法147条の2項)。もっとも、この場合は会社を相手取った裁判を起こす必要がありますから、弁護士へ相談することが好ましいといえます。
差押命令以後
この陳述催告も無事終了した場合、差押命令が差し押えられる第三者(会社等)に届きます。この差押命令の到達をもって、差押えは完了となるため、その後は実際に、差し押えた債権を自分に支払うよう取り立てることとなります。これに対して差し押えられた第三者が支払えば、養育費の回収として一先ずの決着となりますので、強制執行が完了したことを報告するために、取立届というものを裁判所に対して提出することとなります。これは、裁判所に対して強制執行が終了したことを報告するための届ですので、忘れないよう確実に提出するようにしましょう。
もっとも、差し押えられる会社が、自分の従業員を守る為に、差押命令に応じないこともありえます。この場合、会社の持っている別の債権を差し押えて養育費を回収するという取立訴訟(民事執行法157条)を提起することとなりますが、ここまでいくと、弁護士の介入なくして手続きを進めるのは困難ですので、自分単独で行うのではなく、弁護士への相談をすることが好ましいといえます。